フィンランドに来て一週間たった日のこと。
ホストマザーが、僕に提案する
「ねぇ、今から私の恩師に会ってみない?彼があなたに会いたがっているの。」
「ほう、恩師ね。いいよ」
何も考えず快諾したはいいが、
一瞬経って、頭に無数のハテナが浮かぶ。
「恩師に会わせるって何?」
「恩師なんで自分のこと知っているんだろう?」
「そもそもなんの恩師?」
「恩師、、恩師、、、恩師って誰ぇ?」
訳もわからないまま、彼女に車へ押し込まれ、
恩師の元へ向かう。
車内には沈黙が流れる。
彼女自身おしゃべりではない。
話したければ話す、話すことがないなら無理に話さない。
どうやらこれがフィンランドの流儀らしい。
何か話そうと、トピックについて考えを巡らせてみたけれど、
何も思いつかない。
なんだか口を開く気分でもなかったので、
ここはフィンランドの流儀に従い、静寂を保つこととしよう。
僕は一人、まだ見ぬ“恩師”について思いを巡らせる
15分後
恩師宅、到着。
室内に入って真っ先に目に入ったのは、
「宇宙飛行士」のユニフォーム。
「まさか、NASAかJAXAの恩師?」
謎の推理が始まる。
部屋には大量のブーケ、巨大なクマのぬいぐるみ、ねじ曲がったフォーク、気味の悪い絵画、
あまりにカオスな空間に、思わずくらりとする。
この規律のない雰囲気からして、
どうやら「学校の教師」ではないらしい。
僕の本命予想「高校時代の恩師」は早くも候補から外れる。
しばらく歩いて、
促された先に、恩師はいた。
白髪頭、白ひげ、歳は70ほどか、
パリッとしたスーツに身を包む男性は
“紳士”と形容するに相応しい。
彼は僕を見つけるや否や、満面の笑みを浮かべ
ツカツカとこちらに歩みよる。
「やぁ、会いたかったよ。私はラッセ。君のことは詳しく聞いているよ」
ラッセは流暢なイギリス英語で僕に語りかける。
そうか僕のことを詳しく知っているのか、、、
僕が持っている情報は「ラッセ=恩師」それだけだというのに。
なんたる情報格差。
ラッセはそれ以上語ることなく、自己紹介を終了した。
そして切り出す。
「ところで君、キャットウォークショーに出てみないか?」
「???????」
頭がフリーズする。
「キャット、、、ウォーク、、、ショー?」
それが何を意味するのか、理解するのに時間がかかる。
キョトンとした僕の顔を見て、ラッセは説明を重ねる。
「ファッションショーさ。ランウェイを歩くやつね」
「ほうほう、ファッションショーねぇ、、、」
『菜々緒、エライザ、それからローラ』
八頭身のスーパーモデルが脳内ビジョンに浮かぶ。
高身長、美脚、くびれ、、、、
キャットウォークショーが何を意味するかはわかった。
それに誘われているのもわかった。
浮かぶ疑問はただ一つ。
「なんで俺?」
「女子高生」と「ドラッガー」、
「高齢者」と「Apple」、
「僕」と「キャットウォークショー」
一生交わらなかったであろう異質のコラボレーション。
生涯で「キャットウォークに出てみない?」といわれる確率って限りなくゼロに近いと思う。
人生、何が起こるかわからんもんだ。
断る理由なら無限にある。
考えれば、考えるほど、湧き出てくる。
経験ないし、くびれてないし、菜々緒じゃないし、、、、
しかし、断ろうとする自分と裏腹に、
魅力に満ちた魔性の言葉、”キャットウォーク”にどうしようもなく惹かれている自分がいる。
そうだ思い返せば、僕はこういう予期しなかった出会いを求めて海外に来た。
「そうか、、、、僕はキャットウォークをするためにフィンランドに来たんだな!?」
ここでやらなきゃ男が廃る。えぇい度胸じゃい。
「やります。」
にやけとこわばりが混ざった複雑な表情でオファーを受ける。
ラッセは深くうんうん、とうなずき僕の目を見つめる。
「そう言ってくれると信じていたよ」
ラッセは僕とがっしり握手を交わす。
こうして僕のキャットウォークショー出演が正式に決定したのだった。
本番まで2ヶ月、これから、モデルデビューのための猛特訓が始まる。
僕は菜々緒になれるのか、、、、乞うご期待。
握手を交わし、帰路の車内でふと我にかえる。
「あれ、結局ラッセって何者だったんだろう?」
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