先日、ミュージカルに行った。
人生初の海外ミュージカルはまさかのフィンランド語だった。
ホストマザーの恩師(彼については前話参照)が僕らをミュージカルに招待してくれたのだ。
普通に買ったら1万円近くかかる講演、
手書きの招待状で入場許可が降りるなんて、
“おじさん、何者?”
入る前、ホストマザーは不安げな表情を浮かべる僕にはにかんだ。
「大丈夫よ、ミュージカルは感じるもの。音楽とダンスがあるし、ストーリーも見ていればわかるわ。考えるんじゃない、感じるの」
そんなもんかと、彼女の言葉を聞き入れ、席に着く。
ミュージカル開演。
最初はド派手なダンスシーンから始まる
舞台セット、衣装、演奏、俳優たち、
何をとってもきらびやかで、僕は一瞬で引き込まれた。
「感じるってこういうことか」
僕は満面の笑みでホストマザーを見つめる。
「ほらね、言ったでしょ」
マザーは得意げな表情で頷く。
全身で彼らの熱を感じ、来てよかったと感じた開演直後。
2分後、ダンスが終わる。
彼らが軽快にコミュニケーションを取り始める。
それはもうペラペラと。
もちろん、何を言っているのかわからない
「あ、やばいかもしれない」
予感は的中で、僕の熱は急速に冷める。
表情から、笑みが消える。
講演中、聞き取れた言葉「シェイクスピア」「Kiitos(ありがとう)」「Kyulla(はい)」「Anteeksi(ごめんなさい)」
僕の愛読書「日常会話フィンランド語ver」で履修した言葉の断片。
この言葉だけで、誰がストーリーを予測できようか。
僕の聴覚は封じられた。
ポロンポロンと発音される
フィンランド語のセリフが雑音にしか聞こえない。
どうやらユーモラスな作品だったらしく、
局所でドカン、ドカン、と笑いが起きる。
彼らが笑うたび、僕は泣きたくなった
「教えてくれ、君たちはなんで笑っているの?」
最初は視覚情報だけでなんとかついていこうとしたが、
途中で諦める。
30分後、眠気が僕を襲う。
僕はまどろみに身を任せる。
60分後、目を覚ます。
「早く終わらないかな。」
75分後、あまりに暇すぎて
アフレコごっこを始める。
役者の言葉を予想して、僕が脳内で脚本を作る
80分後、飽きる
95分後、前の席に、笑い声が一際大きいおばさまがいることに気づく。
白髪頭で80歳前後とみた。
笑いすぎて、むせこんでいる。
そのあまりの豪快な笑い方に、思わず目を引かれ
僕の「おばさま鑑賞」が始まった。
よくよく観察していると
おばあさんは笑うたび、隣にいるおじいさんの方をじっと見つめる。
おじいさんは優しく微笑み返す。
なんだか、その様子が微笑ましくて、
僕は途中からずっと、ミュージカルではなく、
「二人の愛の物語」を見ていた。
120分後、演者に大喝采が送られる
僕たちは退場を促される。
「あぁ、やっと終わった。」
いそいそと劇場を後にし、外へ出ようとする僕を
ホストマザーは引き止める。
「これで前半終了よ。楽しんでいる?」
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