バイオテロ

エッセイ

AM0:00
それはホステルの一室で、トルコ人美女ヤームルが放った言葉がきっかけだった。

「ねぇ、なんか部屋臭くない?」

一瞬の静寂、のち多数の賛同者が現れる。

「やっぱり?俺も臭いと思っていたわ」
「これ何の臭いだろうね?」

部屋はざわつく。

僕は寝ぼけ眼で部屋を見渡す。視界がぼやける。
寝起きだから、視覚も聴覚も嗅覚も正常に機能していない。
「臭いなんてするか?全然気にならないのだが、、、」

いい加減にしてくれよ、夜はぐっすり寝ていたいタイプなんだよ、僕は。
心の中で文句を言いながら、眠りに戻ろうと試みる。

しかし、静まるどころか、賑やかさを増していく室内。

彼女にとってはどうしても我慢ならない臭いらしく、夜中、部屋全体の大捜査が始まる。

部屋には、
臭いの犯人を探ろうとする名探偵が6人
依然として睡眠中、眠りの小五郎が3人
それに僕。

騒ぎの発端、ヤームルは青白い顔をしながら一番必死になって元凶探しに勤しんでいる。なかなか見つからない臭いの発信源。

徐々に探偵たちは疑心暗鬼に陥り、互いを観察し合うように。

「お前の持ち物じゃないの?」
「いや俺は違うよ」

牽制タイムが始まる。

他の宿泊者と目が合う。
特に韓国人のテディなんかはこちらをチラチラ見てくる。
こっちを見るんじゃないよ。俺じゃないんだから。

安眠を妨げられた上、疑いの目を向けられた僕は不機嫌に。

「絶対犯人見つけ出してやる!」
探偵魂に火がつく。

僕は警察犬の如くクンクン臭い探知を試みる、、、もおかしい、やはり何も臭わない

ヤームルに話しかける
「ねぇ、どんな臭いがするの?」

ヤームルは目を閉じ、顔をしかめながら深く一息。
「この臭い、、、、ガーリック?

その言葉で僕は全てを悟る。
「そうか、わかったぞ。真犯人が、、、、謎は全て解けた!!」

「犯人は、、、、、、、

俺だ、、、、、」


話は数時間前にさかのぼる。

サンタクロースとの激闘(前作参照)を終えた僕は夕食の献立を考えていた。
なぜだか知らんが、無性にニンニクが食べたい気分だった。

近場のスーパーへ行き、何を血迷ったかニンニクネット(3個入り)を購入
残りの滞在日数3日しかないというのに。

1日1ニンニクペースで消費しなければ。

帰宅して早々ニンニクッキングに取り掛かる。
今日のメニューは「ペペロンチーノ」

ニンニクをスライスし、オリーブオイルで揚げ焼きする。
韓国人の友人テディも芳醇なニンニクのアロマに釣られてやってきたようだ。

テディ「何つくっているんだい?」
僕「ペペロンチーノさ」

いかにも物欲しそうな目で見つめてくるので、僕は「絶対やらないぞ」オーラを出す。テディは落ち込んだ犬のように、シュンと縮こまり部屋へ戻っていった。

ニンニクをふんだんに使った、「マルマルモリモリペペロンチーノ」の完成だ。

食欲をそそるガーリックの香りに我慢できず、せっかちに一口。
「う〜ん、うまい」

この塩加減、ニンニクのほくほく具合、天才だ。自画自賛しながら、麺を食す。

目を見張るスピードでガツガツ平らげ、
食事開始5分後には皿が空になっていた。

疲労困憊、お腹いっぱい。
これは幸せに眠れそうだ。

僕は歯を磨き、シャワーを浴びて床に入る。
宿泊先はホステル。10人部屋の大所帯。
2段ベッドが所狭しと並んでいる。

部屋の中はカオスそのもの。

まず汚い。
その散らかった部屋の様子はさながら「男子寮」と形容するに相応しい。
とはいえ、実は女性客の姿もちらほら。
野郎の多いこの部屋にズンズン切り込んでいく彼女たちの姿はまさに「アマゾンの女戦士」

それから国籍。
ドイツ、スウェーデン、サウジアラビア、台湾、韓国、フィンランド、トルコ、インド、日本。
世界各国のバックパッカーたちが寝床を求めてここに泊まる。
これぞインターナショナル。
ここは世界で一番インターナショナルな10人部屋である。

僕は両脇上部、もさいおとこどもに囲まれながら、必死に眠ろうと試みる。
室内ではちょうど「いびきの合唱祭」が開演中。男子のテノールがうるさいくらいに響き渡る。
「ちょっと男子、いびきうるさすぎ〜」注意してくれる学級委員長はいないだろうか。

疲労と満腹を盾に、入眠を妨げるいびきと格闘すること数分、気づけばまどろみの沼へ。

23:00 就寝


そして、話は現在の修羅場(=部屋なんか臭くない?)に戻る。
僕は全てを悟ってしまった。

この事件の真犯人は誰か。臭いの原因は何なのか。

あぁ、自分が探偵だったらどんなによかったことだろう。
気づけば、今までの探偵気分一転、極悪犯人へと役割がチェンジしていた。

そう、僕はニンニクブレスで人々の安眠を脅かす「バイオテロリスト」と化していたのである。
タチが悪いのは、自分の臭さに無自覚なことである。

発信源が自分だとバレたら、僕の未来は村八分。
国際裁判にかけられホステルからの退出を命じられてしまうだろう。
跳ね上がる心拍数、額に冷や汗がつたう。

「何としてもバレるわけには行かない。」

僕は冷静になろうと、マクラに顔をうずめ、自分のやるべきことに思考を巡らせる。
マクラがにんにく臭くなるのはやむをえん、我慢しろマクラ。

スーハースーハー腹式呼吸をしていると思考がクリアになってくる。

そうか、いま僕がやるべきことは1つ。
「証拠の隠滅」だ。

僕の犯行には全部で3つの証拠があった。
「凶器」「目撃者」「返り血」である。

証拠①「凶器=ニンニク本体」

犯行の決定的な証拠「ニンニク3つ」
1つは僕の胃袋へ、残り2つは部屋のロッカーに隠している。

見つかれば現行犯逮捕確定のブツだが、
幸いなことにロッカーには鍵がかかっている。鍵はポケットの中。こちらは大丈夫。
明日人がいない時に、どこかへ処分することとしよう。

証拠②「目撃者」

僕がペペロンを食べる犯行現場を目撃したのは韓国人テディのみ。
なるほど、道理でさっきからこちらをチラチラみていたわけだ。
全てを知っているテディは笑いが止まらない様子。
こちらの気持ちも知らないで、、、

見られた以上、口封じするしかない。

誰にもバレないよう、こっそり目配せ。
にやけ顔のテディを深刻な顔で見つめ返す。

「言わないでくれ、言ったらどうなるか、わかるよな」
テレパシーを送る。

スマホにテディから返答のDMがくる
「わかった。ただし、明日俺にもペペロンチーノ作ってくれ😈」

弱っているところに漬け込みやがって、、、
このやろう、作ってやるよ。
何はともあれ、目撃者は買収完了。
残る証拠はあと一つ。

証拠③「返り血=口臭」

ここでいう返り血は僕の口内にべったり染みついたニンニク臭である。
最優先で対処しなくてはならない難敵だ。

臭いは血のように目に見えないからタチが悪い。

「ニンニク 口臭 におい消し」
震える手でGoogleの検索窓へ打ち込む。

検索結果を手当たり次第に確認する。

「牛乳を飲む」、、、、、、、、、ない
「リンゴジュースを飲む」、、、、ない
「コーヒーを飲む」、、、、、、、ない
「チーズを食べる」、、、、、、、ない

全部ない、、、だめじゃん。
手元にあるのは水だけ。

しまいには「小林製薬のブレスケアを飲む」ときた。
フィンランドでブレスケア持っている人何人いるんだよ。呆れて笑えてくる。

焦る僕は検索を重ねる。

「ホステル滞在時 ニンニク 臭い消し」で、ググる。

こんなピンポイントな検索結果がヒットするわけもなく、、、
今回ばかりはGoogleもお手上げのようだった。

僕はやむをえず、歯ブラシをズボンのポケットに押し込み、トイレを装いこっそり部屋の外へ。

扉が閉まるなり、洗面所へ直行し、鬼の形相で歯磨きを開始する。
歯磨き粉を5cmほどブリュッとつけ、
歯が削れる勢いで磨く、磨く。

殺人犯が手についた血を落とすが如く、
口にこびりついたニンニクを一生懸命にこそぎ落とす。

臭いは取れたのだろうか。
わからない。
だが、ベストは尽くした。
あとは、「息フレッシュ爽やかイケメン」を装うだけだ。

僕はドアの前で深呼吸する。

何食わぬ顔をして部屋に戻り、
「何か見つかった?」と平常心で語りかける僕。

この演技力、もはや主演男優賞ものだ。

結局、元凶探しの旅は、1時間にわたって及んだが、捜査は難航し
一人、また一人と眠気に勝てず夢の世界へ。

ヤームルは最後まで粘ったが、ついに諦めベッドへ戻った。

事件は迷宮入り。
完全犯罪の達成である。


バイオテロから一夜明け、その日もまた夜の献立を考えていた。
あぁ、どうして献立を考えるのってこんなにも面倒くさいのだろうか。
今日は何にしよう、、、

そこへ韓国人のテディがやってきて「昨日の約束覚えているよな?」とちくり。
そうだ、彼にペペロンチーノを作る約束だった。

あぁ、困った。言われて気づいた。
僕はどうやら今日もペペロンチーノの気分だ。
昨日あれほど大惨事が起こったというのに。

「、、、、、もう、悩むのはやめだ。どうせ抵抗することなどできないのだから。」
抗えぬニンニクの黒い衝動に身を委ねる

こうして、今宵もまた僕は、ペペロンチーノをつくる。
油マシマシ、麺マシマシ、ニンニクマシマシ、ペペロンチーノ。

今日は犯人が1人増えまして、テロリスト2人。被害が甚大になることが予想されます。みなさん、どうか、生きてください。

最後にここで「我立一句」

「何か臭い」
病めるヤームル、闇の敵
やめない僕は
今日も
忍辱にんにく

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