東京の駅は、騒がしい。
人が、ではなくアナウンスが。
「発車時刻」から「行き先」「乗り換え方法」「遅延情報」まで
ありとあらゆる情報をアナウンスする。
それは、騒がしいけれど、親切だ。
例えるならば、“世話焼きな母ちゃん”。
「あんた時間大丈夫?5分後には出発よ」
「道わかるの?ここで降りるのよ、そしたら目的地まで着くわ」
とにかく何でも教えてくれる。
鬱陶しく思う時もあるけれど、その声は僕らに安心感を与えてくれる。
「渋谷-新宿」の行き方すら知らなかった東京ビギナーの僕は、何度その声に救われたことか。
そんな世話焼きアナウンスに慣れきっていた僕は、
初めてヘルシンキ空港駅に立った時、カルチャーショックを受ける。
「音が、、、、、無い、、、」
あるのは沈黙。
そう、フィンランドの駅にアナウンスという概念は、ほぼない。
何も聞こえない、何も聞かせてくれない。
例えるならば、“寡黙な職人”といったところか。
彼らは一切を語らない。黙々と出発し、ただ人を運ぶ。
フィンランド電車デビュー戦。
想定外の“沈黙”に出鼻をくじかれた僕は、どの列車に乗ればいいのかわからず狼狽する。
時間指定のチケットは購入済み。
出発まであと7分。
ホームに降りたはいいものの
乗り場の手がかりは未だゼロ。
車線は6本、適当に乗って目的地まで着く確率は6分の1。
低すぎる、賭けにならない。
僕は挙動不審モード全開で、
周りをキョロキョロして他の人の動向を探る。
やはり、手がかりは、、、ない。
焦る自分、余裕の彼ら。
際立つコントラスト。
電車発車3分前、
自力で探るのは不可能だと悟り、
温厚そうな若い女性に乗り場を聞こうと試みる。
「すみません、、お伺いしてもいいですか?」
“なんだ、こいつ?”
いかにも不審そうな目で見られる。
おっといけない、まずは名乗るのが礼儀だった。
「私、日本から来ました。フィンランドのこと何もわからなくて、、、」
『日本』というワードを口にした途端、
彼女の態度が一変する。
広がる瞳孔、漆黒の瞳に光が宿る。
「あなた、日本人なの????私、日本大好き!」
フィンランドには日本好きが多いと聞いていたけれど、
早速発見、親日家第一号。
僕はあまりに嬉しくなって、言ってしまった。
「え、日本のこと好きなんですか?」
これが失敗の始まりとも知らずに、、、
そこから彼女のカタコト日本語スピーチが始まる。
「ソウダよ。ワタシは、ニホンにニカイいったコトガアル」
「イシカワケンとキョウトダヨ」
「ソノトキにタベタ、スキヤキがワスレラレナイ」
「コッチでツクロウとオモッタンダケド、ウスイニクないネ。」
「!!!?」 めっちゃ話す。
聞いてもいないのに、大阪のおばちゃんなみの圧でまくしたてる。
嬉しいよ、嬉しいのだが、何しろ僕には余裕がない。
だって数秒後には電車が発車するのだから。時間指定のチケット買っちゃったのだから。
乗車ホームを知りたい僕と、日本愛を語りたい彼女。
「焦りvs愛」で火花が散る。
彼女の情熱的なスピーチに、「うんうんうん」と食い気味で相槌を挟む。
一刻も早く彼女のスピーチを終わらせようと試みる。
終わりそうで終わらない話、、、
僕にはその時間が永遠のように感じられた。
時計に目をやる。
出発1分前。
彼女は、ひと通り話し終えて気持ち良くなったあと、我に戻る。
「あれ、結局、何知りたいんだっけ?」
僕は早口でホームの場所を質問する。
遠いホームならタイムオーバー。
僕は半分、間に合わないことを覚悟していた。
「、、、ソレならココでイイですよ」
「へ、、、、?ここのホーム?」
「そうそう。」
彼女の一言を聞いて、全身の力が抜ける。
どうやら僕は、勘で正解のホームを引き当てていたようだ。
電車が来る。
彼女にお礼を告げ、
やってきた電車に飛び乗る。
後から知ったことなのだが、
フィンランドではホームに向かう前に、
掲示板で乗り場を確認する必要があるようだ。
ホームに行っても行き先の詳細な情報はないことが多い。
なんてことはない、日本と大差はない。
“駅構内の音がない” それだけ、それだけ、、、、
僕は少しだけ、日本の世話焼き母ちゃんが恋しくなった。
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