僕の仕事は「ハエキラー」

エッセイ

僕はホストファミリー宅で生活をしている。
ホストマザーは、実家の母ちゃん並に世話焼きで
料理、洗濯、皿洗い、
ありとあらゆる家事を一人でしてくれる。

何もしないのも悪いので、
「何か手伝うことない?」と聞いてみる。

彼女はしばらく悩んだ様子を見せ、「はっ」と思いついたように言う。

「あなたの仕事はハエ叩き、今日からあなたはハエキラーよ!!」

「ハエキラー!?」

“ハエキラーか、、、、響きもかっちょいいし、、、ふむふむ、悪くないんじゃないの?”

僕はいかした肩書きを手に入れてご満悦。
二つ返事でハエ討伐のミッションを請け負う。

「ハエ叩きが仕事とか笑笑笑」そう思ったそこのあなた、
実はこの仕事、楽ではない。

言い忘れていたが、この家、ハエの巣窟だ。
近隣の牧場が原因で、
湧き出る、湧き出る。
倒しても、倒しても、すぐまたニューフェイスが登場する。

ホストファミリー宅到着後、最初のカルチャーショックは、
衣でも、食でも、住でもなく、“ハエ”だった。

「蚊じゃないだけ、マシか」
そう心に言い聞かせていたけれど、

これから食べようとしているごちそうに接触されたとき、
ブンブン音に安眠を邪魔されたとき、
えも言われぬ“不快感”に襲われる。

心が広いことで有名なわたし。
その程度のことならまだ我慢できる。

だが、一つだけどうしても我慢できないこと、、、、
それは奴らの『交尾』である。
やつらは昼夜問わず、相手を見つけては交わる。
目の前で行為をされたとき、鳥肌が立つほどゾッとする。

僕は、ハエキラー代表として正々堂々戦うことを誓う。
意気込みのついでに、今までの恨みつらみをホストファミリーに話す。

交尾の話になったとき、ホストマザーは食い気味で言った。

「交尾中はやつら油断しているからね、狙いどきよ」「一気に二匹殺れるし」

なかなかエグいことをおっしゃる。
でも、生き物ってそうだよな、

「交尾に好きあり」

なるほど、いいことを聞いたぜ。

話していると、目の前に一匹のハエ。
そろり、そろり、と僕のココアに近づく。

息を潜め、慎重にハエ叩きに手を伸ばし、勢いよく振り下ろす!

、、、も、抜群の反射神経でかわされる。

「スナップが足りないのよ、それから力みすぎ」
「真上から叩いたよね、それ絶対ダメ、斜めからやること」
ホストマザーからダメ出しの嵐。

猛反省して、イメトレを繰り返す。
マザーにフォームの確認をしてもらう。

『ハエ退治短期集中トレーニング』を履修した僕に敵はいない。

そこにタイミングよくやってきた、交尾中のハエ。

“ブンブン言っていられるのも、今のうちだからな”

たまったヘイトも相まって、ハエ叩きを握る手に力が入る。
「覚悟しやがれ、切捨御免」
振り下ろそうとした、その瞬間、

僕を咎める声がした。
「彼らは生きている。」
「彼らは交尾をしている。」
「そこに何の罪もないのではないか。」
声の主は僕の良心。

「生き物は殺しちゃダメ」
『不殺生』の教えがよみがえる。

「ごめんハエ、お前のこと嫌いだけど、やっぱ殺すのは違うよな」
「もうやめよう、もうこれ以上叩くのやめよう、命がもったいない!!」

「バンっ」
突如、乾いた殴打の音がする。

音の先にはホストマザー。
机の上には振り下ろされたマザーの手。

そう、彼女は素手で殺りにいったのだ、ためらいもなく。
二匹討伐。

「躊躇せずやりなさい」
行動で僕に語りかけるホストマザー。
彼女が熟練の戦士に見えた。

“それにしても素手はないでしょ”
若干ひいたことは否めない。

いや、、、待てよ、、、数秒後、ふと気づく。

ルフィに、悟空、ゴン、ナルト

アニメに出てくる強キャラほど、素手で戦う傾向にある。
「真の強者は武器に頼らない」

そうか、彼女は経験を積む中で、ハエ叩きが邪魔になり、己の拳で戦う術を身に付けたのか。

潰されたうちの一匹が
「ジィジィ」と最後の声を振り絞る。

ハエサイドに感情移入していた僕にとって、その声は、
「ちょっと、交尾中に、、、それは、ないでしょ、、、」
情けないうめき声のように聞こえた。

「バンっ」

二度目の殴打。ハエ絶命。
彼女に情け容赦はない。

真のハエキラーは目前にいた。

僕はハエキラー就任初日、退任届けを出したのだった。

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