僕は今宵100人の親となる〜フィンランド人に書道教えてみた

エッセイ

「書道の授業してくれへんか?」フィンランドの小学校で校長先生からお願いされた。

「道具はあるんですか」と尋ねると、「すずり?ぶんちん?ちんぷんかんぷん、なんやそれ?」状態。フィンランドで本格的な道具を用意できるわけがない。

「ええい、大事なのは道具より心じゃ」と勢いで引き受けることを決意。

「筆」はブラシで、
「墨汁」は水性絵の具で、
「半紙」は画用紙で代用することにした。

うん、意外となんとかなるもんだ。

生徒に来週書道の授業をすることを伝えると大喜び。
アルファベットを使う彼らにとって、日本語は「よく知らんけど、なんかかっこいいもの代表」らしい。そうか、そうか、それならば、君たちに見せてあげようクールジャパン!

書道の講師として自分を超える適任者はいない(笑)
なんたって僕は、地元の「納税コンクール(小学生部門)」で2年連続銀賞の実力者。(「納税」の字の上手さを競う書道大会)

「納税」の2文字を書くことに関しては誰にも負けない。

とはいえ、まさかフィンランドの小学生に「納税」を書かせるわけにもいくまい。

消費税24%「The納税大国フィンランド」の子どもたちに10%しか払っていない日本人が「納税」を書かせるだなんてNo way!

釈迦に説法、孔子に論語、猿に木登り、フィンランド人に納税←new!!

さて、どうしたものか。

頭を悩ましていると、ある生徒が「私、自分の名前を日本語で書いてみたい」と、ナイスなアイデアをくれた。

確かに、それは面白いかもしれない。
Reoなら礼央
Ainoなら愛乃
といった具合に、である。

よし、わかった僕がみんなのアルファベットネームを漢字に変換しようではないか。
みんな自分の名前なら夢中になって書いてくれるはずだ。少なくとも「納税」よりは。

僕の大変換・・・劇的ビフォアフター」が開始した。

正直、軽い気持ちで引き受けた。
「アルファベットから漢字変換」なんて鼻ほじりながらでもできるだろうって。

ところが、待っていたのは想像を絶する苦難。
僕を苦しめたのは以下3点。

①小さな「ぁぃぅぇぉ」に相当する漢字がない

日本語において「ぁぃぅぇぉ」に相当する漢字は存在しない。
これは盲点だった。

一人目の生徒、ソフィアと対峙した瞬間、翻訳難易度に震える。
「フィ?????」

ソフィアと格闘すること数十分。

苦心の末、絞りだしたのはまさかの「祖父嫌」

あかん、これじゃただの「おじいちゃん嫌いっ子」になってしまう。
罪なきおじいちゃんへの風評被害だけはなんとしても避けなくてはならない。

こうして僕は、『小さいけど手強さあるとよ「ぁぃぅぇぉ」』に一日中頭を悩ませる羽目になった。

②簡単な漢字を使わないといけない

地味に辛かった縛りがこれ。
難しい漢字を使えないこと。

彼らにとって今回が漢字との初対面のため、間違っても画数の多い漢字を採用するわけにはいかない。

もし仮に「龍」とか「麟」を使ったものならば、
「もう一生漢字なんて見たくない!」と生徒にビンタされる未来が見える。

誰でも最初は一年生。ドッキドキの一年生。
彼らにあった最高に易しい漢字をセレクトしなくては。

漢字セレクターとしての腕の見せ所である。

③変な漢字を使ってはいけない

名前とは親が与えてくれる最大の贈り物である。
その事実が、僕の翻訳作業に、重みを持たせた。

彼らの名に最大限の敬意を表しながら、翻訳しなくてはならない。
僕は新しい名前と向き合うたびに、姿勢を正し、一礼してから翻訳作業を始める。

、、、と意気込んだはいいものの、
僕の手から生まれしは大量のキラキラネームたち。
生産しては廃棄してを繰り返し、一向に前進しない日々を送るのだった。

日の目を浴びることなく廃棄された名前たち、特別にみなさんにだけ公開しよう

★名前:Anton(アントン)★

・ボツ候補①『安豚』
だめだ、これじゃ特売のこま切れ肉になっちまう。主婦行列必至。却下

・ボツ候補②『暗沌』
隠しきれない厨二病感。混沌の闇に生まれし暗沌!(だめだ、こりゃ)

★名前:Kiia(キーア)★

・ボツ候補①『紀伊屋』
そこはかとなく本屋の香りが漂うため却下

・ボツ候補②『奇異嗚呼』
外で叫んでいるどこぞの変質者。お巡りさんこいつです。

みなさん僕がふざけているとお考えだろうか。
神に誓って、大真面目である。残念ながら。
積み重なっていくボツの山。

名前に対するこだわりは強く、気付けば画数による運気まで調べる始末。
「あれは違うこれも違う」と真剣に名前を考える姿、もはや親。

独身、子無し、意気地無しの僕が、急遽20人の名付け親=「ビッグダディ」と化す。

なぜそこまで必死に考えるのか。
私を突き動かしたのは「危機感」

僕の脳裏にはある「最悪のシナリオ」が浮かんでいた。
それはこんなシナリオだ。

〜10年後〜
「俺も成人したし、自分の名前タトゥーにして彫ろ!」

→「普通にアルファベットで彫るのも味気ないな」

→「そういえば、小学生の時、名前を日本語で書く方法教わったよな」

→「日本語かっこいいし、それで彫ろう!!」

問題
上記の文章を読んで答えなさい。この責任の所在はどこにあるか?

A. 僕

これほど罪深い名誉毀損罪が他にあるだろうか。

10年後、「タトゥー被害者の会」を結成させないために、20人分の名前考案に全神経を注ぐ。
時計は既にAM2:00を回っている。

徹夜で必死に名前を考えるだなんて、なんだか間抜けだ。
目の下にクマを作りながら、続々と個性派揃いの名前を作成。

深夜テンションだった僕は、全員の名付け作業を完了したとき、歓喜の雄叫びを上げた。
「奇異嗚呼〜!!!」

4時間後、授業を迎える。

初めての日本語ネームとご対面した生徒の気分は上々、、、
だったのだが、肝心の書道タイムは、カオスこの上なかった。

水分が多すぎて画用紙の上で洪水がおきている生徒もいれば、逆に少なすぎて、カスッカスの干ばつに襲われている生徒もいる。

書き順なんて教えていないから、筆の進める順番は思い思い。
2度書き厳禁のルールも知らないから、同じ箇所を塗り絵のように何度もなぞる。
習字の禁忌を犯す彼ら。

「名付け」で力を使い果たしていた僕に、それらを教えてあげる気力はもうない。
彼らの奇行をうつろな目でただ傍観していた。(ちゃんと仕事しろ)

何はともあれ、、、、
無事20名分の作品完成

完成作品はこちら!!

*漢字の選定に関する苦情は受け付けておりません。

うんうん、よく頑張った生徒諸君、それから自分。
もう二度とやりたくないけれど、彼らの笑顔を見ていると報われる。
頑張って名前考えてよかった。

校長先生もご満悦。
僕の方へツカツカ駆け寄り、がっしりと握手を交わす。

校長「今日の授業大成功だったね。」

自分「いや〜頑張ったかいがありました」

校長「これと同じ授業、他の5クラスでもやってもらえる?」

自分「、、、、、、、、、はい」(嫌です。)

こうして、僕は100人の名付け親となることが確定したのだったとさ。ちゃんちゃん。

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