灼熱のフロアボール

エッセイ

ホストファザーから、「フロアボール」なるスポーツに誘われた。

スティックでボールをパスしながら、ゴールを目指す、そんな競技。
アイスホッケーの室内バージョンだと思ってもらえればいい。

小学校の体育館を借りて地元民で汗を流すという。
いいじゃないか、そういうの。スポーツで結ばれる絆。スポーツに国境はない
僕は迷うことなく「行きます」の返答。

行きの車内、ホストファザーがルールについて詳しく説明してくれる。
何を隠そう、僕は「フロアボールって何ですか?」レベルの完全初心者だ。最低限のルールだけは頭に入れておかねば、、、

ここだけの話、ルールさえわかれば、上手にプレイできる自信があった。
中学、高校、大学、と体育会の部活動でみっちりしごかれた僕。

自分で言うのも大変恐縮だが、運動神経は抜群にいい。(ここ大事)

ゴールを決め、ユニフォームを脱ぎ去り、仲間と抱き合う、そんなシーンを妄想していた。(いまだにワールドカップに影響されている男)

体育館に到着。
どうやら一番乗りのようだ。

ホストファザーとコート設営をしていると、続々登場、本日の参加者たち。
合計で12人。

僕はメンツを見て正直ちょっと安堵する。

「あぁ、なんだ、おじいちゃんいっぱいいるじゃん」

全体の半分はシルバー世代。
オーバー60の男子たちで溢れかえっている。

中には自分の祖父と同世代の方もいて、
「こんなおじいちゃんで本当に試合できるの?」とこちらが不安になってしまう。

何だか、地元の町内会みたいな和やかな雰囲気だなぁ。
みんなで楽しく伸び伸びと試合できますように。
ウキウキしながら祈りをささげる。

試合前に、挨拶の時間があったので、手短に自己紹介。

「フィンランドに来るまで、フロアボールを知りませんでした。今日が初めてです初心者ですが、ベストを尽くします。お手柔らかによろしくお願いします!!!」

怖いので、初心者アピールをしつこいほど繰り返し、二重三重に保険をかけておく。
これだけ若葉マークを前面に出しておけば、さすがにあおり運転は食らわないだろう。

チーム分けの結果、
「若者チーム」VS「おじいちゃんチーム」で戦うことが決定する。

何だ楽勝じゃん。
何たってこっちには「筋骨隆々マッスルお化け」がいる。(自分以外の若者はみんなボブサップだった)
彼らは何でもフィンランドの軍隊で働いているとか。

アップなしで、早速試合が始まる。

本当は試合前に色々手解きを受けたかったのだが、そんな時間はないようだ。
まぁ、俺ほどの選手ならば、チュートリアルがなくても、すぐに馴染めるでしょう。

「さて、俺の力を見せつけるとしますか、、」フゥと深く息を吐く。

「ピーーーーーっ」
ホイッスルが鳴る。
試合開始。

開始2秒
あれ、何か、おかしい。
どことなく感じる違和感。

開始5秒で気づいた。
彼らのフロアボール、レベルが異常に高い。

目にも止まらぬ速さでパス回しがなされ、
攻守が目まぐるしく変化する。

相手選手が打ったボールが「ビュンっ!!!」と風切り音を立てながら、僕のほっぺたをかすめる。思わず身体が硬直する。ほっぺたのジンジンとする痛みを感じながら、僕は一人後悔するのだった。

「やばい、これ場違いだ」
気づいた時にはもう遅い。

想像してほしい。
周りには、スティックが体の一部と化した「プロ級の実力者たち」
そこに、握りなれないスティック片手に、戦場へ放り出された「ド素人」

どう考えても、生き延びられる気がしない。
今すぐにでも白旗を振って降参したい気分だった。

そして、僕はここで謝罪しなければならない。お爺さまをなめていたことに対して。
何を隠そう、フィールドの中で誰よりも躍動していたのは、最年長のおきなだった。

「鬼に金棒」、、、ならぬ、「じじに打球棒」
無双状態の彼。
先ほどまで「こんなおじいちゃんで試合できるの?」とか舐めた発言をしていた自分をスティックでぶん殴りたい。

彼は軽やかな身のこなしとスティックさばきで、敵陣を縦横無尽に駆け周り、気づけば、鮮やかな先制ゴールを決めていた。

「美しい、、、、」
心の底から漏れ出た感嘆の声。

僕は悟った。
「華麗」と「加齢」は比例すると。

冗談はさておき、この先制ゴールを皮切りに、地獄の時間が始まった。
フィールド内の僕の様子を例えるならば

「右往左往」

ただひたすらにまごまごしていた。
パスが来てはポカし、パスが来てはポカし、、、
あまりにイージーミスを繰り返すので、次第に僕の元にはパスが来なくなった。

かわいそうだって?いいや、真に可哀想なのは僕のチームメイトだ。
今回のフロアボールは4対4の少人数マッチゆえ、一人の存在価値が大きい。ところが、僕の参加チームはひとり戦力外

つまり実質4対3、、、、圧倒的不利

もはやフィールドをさまよう疫病神と化している自分。
このままではベンチ入りメンバー(交代制)に顔向けできない。

チームメイトは優しいから、ヤジこそないものの、
ミスするたび、背中越しに痛いほど冷たい視線を感じる。

「うぅ、何かしなければ、、、」

そんな時、ふと試合前ホストファザーからもらったアドバイス「とりあえず走り回っとけ」を思い出す。

そうか、走ればいいんだ。

僕はファザーの教えを忠実に守り、一人シャトルランを開始する。
残念ながら、そこにボールの気配はない(泣)

真面目にフロアボールをするフィンランド人と
真面目にシャトルランをする日本人
みんなちがって、みんないい♪(良いわけない)

「すみません、僕、帰ってもいいですか」
何度、早退宣言しそうになったことだろうか。
必死の思いで言葉を飲み込む。

試合は若者チームの奮闘もあり五分五分で折り返しへ。(よくやった3人のチームメイト)
中間の休憩タイムに入る。

休憩時間、せっかくだから仲を深めようと、他の参加者に話しかける。
そうだ、手始めに最年長の翁と話をしよう。

僕「フロアボールはいつ頃始められたんですか?」

爺「そうじゃのう、あれはわしが8歳の時だったなぁ。」

僕「は、はちぃぃぃ!?

仮に彼が現在70歳だとして、競技歴62年。脅威の半世紀越え。英才教育にも程がある。

他の参加者に聞いても同じような答えが返ってきた。

「10歳」「9歳」「12歳」中には「6歳」なんて猛者もいる。

フィンランド国技、フロアボール。
これすなわち経験値が物をいう世界。

数十年の競技歴を持つ歴戦の猛者たちに、
数十分の競技歴しか持たないポンコツが太刀打ちできるはずもない。

30分前に意気揚々と語っていた「俺は運動神経がいい」発言、記憶の彼方に消し去りたい。

ますます自信を喪失した状態で後半戦が開幕する。
人数の都合で、僕は若者チームから老人チームに移される。満を持しての移籍である。

開始早々、筋骨隆々男の放った強烈シュートが僕の柔らかヒップに当たる。

「ギャア!!」
情けないうめき声。

痛い。プラスチックボールのくせして、鉄球をぶつけられたような鈍い痛みが走る。念で強化されてやがる。私のたわわなお尻に何するの?あざになっちゃうじゃない!

するとすかさず、チームメイトのお爺さま方から歓声がとぶ。

「ナイスセーブ!!」「よく止めた!!」

あれ、なんか自分褒められている。
お尻があたっただけなのに!!

褒められるとすぐつけあがる僕。

「そうさ、僕はシュートを予期してそこに立っていたんだ。」
「これでこそ体を張ったかいがあるってもんだ。」

都合のいいように解釈を捻じ曲げる。

後半戦が始まってから一つ気づいたことがある。
それは「チームを移籍してから僕のパフォーマンスが格段に上がっている」という嬉しい事実。その理由を分析するとメンタル的な要因が大きかったように思う。

何しろチームメイトの爺さまたちは、僕の応援団。
何をするにも、褒めて、褒めて、褒めまくってくれる。

「ナイスパス!!」「ナイスラン!」「よく動くね!」「体力あるね!!」

発動;全肯定の呼吸 爺の型

何だこの実家のような温かさ。
彼らのおかげで、後半戦も何とか生き延びることができた。

あまりの優しさに思わず涙がホロリ、出そうになる、、、、も、、、
ええい、泣いている場合ではない。
己に喝を入れる!

私は、信頼に報いなければならぬ。
いまはただその一事だ。
走れ!メロス!

全てを絞り尽くして、走る。
ゴールめがけてひた走る。

何のためにスティックを持っているのか、
なぜコートに立っているのか、
そんなの全てどうでもいい。

僕は空っぽの心で、
肉体の底力に引っ張られ、走った。

僕の脚がゴール前でピタリと静止する
まさに、その時だった。
味方の爺から、目前にパス。
ここしかない、そんな絶妙なコースだった。

僕は転がってくるボールにあわせてスティックを振る。

「コツン」

必死すぎて、何も見えていなかった。
入ったのか、外したのか。

ただ、後ろを振り返ったとき、
そこには喜びに湧き立つ5G(5爺)の姿があった。
彼らは通信速度顔負けのスピードで僕の元に駆け寄る。

僕は爺たちにもみくちゃにされる。

そこでようやく気づく。
僕のシュートがネットを揺らしていたことに。

決勝点だった。
自分のゴールで試合が終わった。

会場に試合終了のホイッスルが鳴り響く。
僕は心地よい疲労感に包まれながら、一人倒れ込み、爺たちを見上げるのであった。

これが僕の「フロアボールデビュー戦」
そうさ、戦いはまだ始まったばかり。
挑戦は続く、、、


エピローグ

これが、彼とフロアボールの出会いだった。

50年後、日本代表はフロアボール世界一の座をかけてフィンランドと激突する。
舞台はフィンランドの首都ヘルシンキ。

決勝進出は日本にとって初の快挙。

スウェーデン、スイス、アメリカ

並み居るフロアボール強豪国をことごとく撃破し、日本はようやく決勝まで勝ち上がった。

その大躍進の影に「日本フロアボール界の重鎮」と呼ばれ、半世紀近く日本代表エースを務め続けている彼の存在を忘れてはいけない。

悲願の瞬間を目撃しようと、日本から来た応援団が声援を送る。
フィンランドサイドとの応援合戦だ。耳をつんざくような、地鳴りのような音が会場中に響き渡る。

そんな中コートには、今日もエースの彼がいた。御年73歳。

試合開始5秒前、
彼は表情を変えないまま、フゥと一息。
もはや身体の一部と化したスティックを片手に、ボソリとつぶやく。

「さて、わしの力を見せつけるとするかのう、、」

ホイッスルが鳴る。

日本は世界一になれるのか。そして、
加齢した彼の華麗なシュートは見られるのだろうか、、、、(To be continued)

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