その日、僕はミラノで評判の高いピザ屋を訪れていた。
さすがは人気店、お昼時ということもあり、店内は客で賑わっている。
座席につき、早速メニュー表に目を通す。
「、、、、、」
「、、、、、」
「、、、、、何も、、、読めない、、、」
イタリア語でびっしりと埋め尽くされたメニュー表は解読不可能。僕に情報を何一つ与えてくれない。
盲点だった。「美味しいピザ屋」探しに夢中になるあまり、こんな初歩のトラップに引っかかるとは。
「お前に食わせるピザはねぇ!!」
店側からの隠されたメッセージなのだろうか。
それでも諦めるわけには行かない。
「諦めたらそこで試合終了ですよ。」
安西先生の教えを胸に、僕は全神経を「イタリア語読解」に捧げる。
すると、ところどころ、既視感のある文字列が。
「マルゲリータ、、、、ティラミス、、、、」
これだけは読めた。
よし、それにしよう。(即決)
ウェイターを呼ぶ。
僕 「マルゲリータとティラミスください。」
店員「あいよ」
よし! 通じた。
店員「前菜はどうする?」
え、前菜頼まないといけないやつ?やばい、想定外だ、、、
「いりません」と断ればいい話なのだが、このウェイターの問いかけには、有無を言わせぬ圧がある。僕は焦りながら、イタリア語のメニューを再度開く。
ちなみに、ここでも選定基準は「何を食べたいか」ではなく「何が読めるか」である。
僕 「このチップスってやつください。」
店員「はいはいチップスね。」
「で、ドリンクはどうする?(圧)」
僕 「ドリンクもぉ?」
読めるやつあるかなぁ。
よく見れば、机の上に、水っぽいものがすでに置いてある。
それほど喉も乾いていないし、無料の水があるなら、それで充分だろう。
僕「この机にあるやつ、飲むからいらないや」
店員「それ、飲み水ちゃう、加湿器や」
僕 「!!!」
危ない、危ない。
あと一歩で、加湿器の水をごくごく飲む「おもしろアジア人」になるところだった。
無知って怖い。僕はやむを得ず、有料の水を注文する。
その後も店員は、僕に何か質問していたようだったが、イタリア語なので、理解不能。愛想笑いを浮かべながら、「Yes」を連発する。
この注文中、終始思っていたことはただ一つ。
「早く、ウェイター、いなくなってくれないかな。」
一通り注文を終えると、最後に「連れはいるのか?」と質問される。
「いや、一人だけど、、、、?」
その回答にウェイターは驚きの表情を浮かべ、僕をじっと見つめたあと、何も言わず去っていった。
なんだったのだろう、今の間は。波乱の予感。
それから数秒して、ウェイターがやってきた。
彼の手には、巨大なウォーターボトル。
容量、1Lくらいだろうか。
彼はそれを机の上にボンと置く。
ラベルに書かれていたのは「S Antonio Special size」
適当に「うんうん」言っていたら、特大サイズのアクアを選択されたようだ。
どう考えても、一人で飲む量じゃない。先ほどの困惑顔の理由はこれか。
また、しばらくして、前菜のチップスが運ばれてきた。
カゴに積まれたポテチの山。
市販のポテチビックサイズ1袋分はありそうだ。
「巨大水」「山盛りポテチ」ときて、この先、嫌な予感しかしない。
10分後
不安、的中。
デカ・スギーノ・マルゲリータ。
店員が運んできたピザは、ピザハットの特大サイズを優に超えている。
「水1L」「山盛りポテチ」「特大ピザ」
冬眠前のクマでもこんなに食べない。
「ぶお〜〜〜ん、ぶお〜〜〜〜ん」
僕の中で「食トレ開幕」のホーンがなる。
尻込みしながらも、果敢にカロリーの塊に立ち向かう僕。
味は、さすが名店だけあり、うまい。
ポテチは厚切りカット&サクサククリスピーで、手が止まらなくなる。
ピザは、フワフワ生地に濃厚チーズ、フレッシュバジルのナイスコンビネーション。
水は、、、水はまぁ、、、あれだ、、、透き通った、、、、塩素くささの感じない、、、、お上品なお水、、、
絶品イタリア料理に舌鼓。
順調に、皿の上の料理を減らしていく。
「このペースなら完食も夢じゃないかも!」
希望に心を躍らせていた若かりし日の僕。
数分後、姿を消す。
後半戦にもなると、喉の奥に「食物通行止め」の関所が完成。
胃への通行許可は一向に降りない。
咀嚼、咀嚼、咀嚼。
口に詰めるだけ、詰めて、飲み込めない。
膨らむほっぺた。
その様子はさながら強欲なリス。
カゴにはいまだに山盛りポテチ。
カラッと揚がっていたポテチも気付けば、ジトっと油で重たい、陰湿野郎に大変身。
この終盤で、この残量。
こいつ、もはや前菜ではない。
居残りを続けまくった前菜、それすなわち “前前前菜”(by RADWIMPS LEFTCHIPS)

この野郎、前座がでしゃばりやがって。
それからピザ。
最初は、とろとろ熱々だったはずの関係性。
今となっては、目も当てられないほどに冷めきっている。
そうさ、ここは戦場。
二つの高カロリー食材は、容赦なく僕に牙を剥く。
きっと「ラブ & ピース」の対義語って「ピザ&ポテチ」なんだと思う。
とか、なんとか、
意味不明なことを考えながらも、スローペースで食事は続ける。
脳内ではZARDの「負けないで」と「サライ」が永遠リピートされていた。
いよいよ、ピザも残すところ「ワンピース」
とっとと食べきって、「一つなぎの大秘宝」を手に入れようじゃないか。
僕は口の中にラストピースを詰め込む。そして飲み込む。
やったぁ、完食だぁ。あぁ、自分、生きている。なんて幸せなんだ。
その時の感動ぶりは、24時間テレビの非ではなかった。
気を抜けば、目から「感動の涙」が、口からは「ピザ」がドバッと噴射してきそうだ。
僕が完食するのを見るやいなや店員さんが、ツカツカと歩み寄ってくる。
祝福の電報をくれるに違いない。
ところがどっこい
店員の口から告げられたのは衝撃の事実。
「それでは、デザートのティラミスお持ちしますね?」
ティラ、、、ミス、、、、、、いたね、、、、そういえば
苦労して手に入れたのは「大秘宝」ではなく、ティラミス存命の「大悲報」
ここにきて、超・ヘビー級デザート。
油断していた僕に迫るは「マスカルポーネの暴力」
ウェイターさん、せめて水羊羹とか、シャーベットとか、あわよくばみかんとかにできませんか?
24時間テレビで例えるならば、感動のゴールテープを切った後、「実はあと100kmありましたドッキリ」にかかったも同然。
愚かな自分にブチ切れそうになりながらも、吐くわけにはいかんと、はち切れそうな腹をさする。
「巨大水」「山盛りポテチ」「特大ピザ」ときて、忘れていたティラミス。
僕は確信した。最後はコストコサイズのティラミスに息の根を止められると。
きっと神様は僕の苦悩を見てくださっていたのだろう。
運ばれてきたのは予想に反して、標準サイズのティラミスだった。
この時ばかりは、手を合わせて、ティラミスの神様に感謝したものだ。
「ありがてぃらみす」(くだらない)
今度こそ、正真正銘のマラソン完走、完飲、完食。
会計時、はに噛みながら店員さんに伝える。
僕 「おいしかったです。ただ食べすぎてお腹いっぱいだよ。」
店員「持ち帰りも対応しているわ。次から、お腹いっぱいなら持って帰ってもいいのよ。」
僕 「 は?」
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