寿司食いねぇ

エッセイ

フィンランドの寿司人気には驚かされる。

市内の至るところに「寿司レストラン」があり、
スーパーに行けば、酢、海苔、わさび、なんでも手に入る「寿司コーナー」が設置。

フィンランド人に「好きな食べ物」を尋ねると3割3分3厘のハイアベレージで「Sushi」と言う回答がくる。(「シュシ」と発音するのがたまらなく愛しい)

ある日、寿司が好きだという同僚に、一歩踏み込んだ質問をしてみた。

「なんの寿司が好きなの?」

「えーっとねぇ、アボカド寿司!!

「・・・アボカド・・・・?」

選ばれたのは「アボカド」でした。

寿司は日本を巣立ち、世界各国でメタモルフォーゼを遂げているらしい。
ちなみにこちらが、噂のアボカド寿司。

堂々とマグロと肩を並べてらぁ。

そうか…
ついにアボカドがセンターを張る“新時代”か。

Abo・・・の新時代。ふふふ。

「森のバター」の異名だけで飽き足らず、「海のトロ」ポジションまで狙ってくるだなんて、アボカドのくせに生意気だ。

同僚と2人で「アボカド寿司の可否」について白熱の議論を繰り広げる。
もちろん僕は、アボカド寿司反対過激派である。

しばらく火花を散らしていたが、同僚は突然、負けを認める。

「わかった、アボカド寿司は無しってことでいいよ….」

「たださ、その代わりと言ってはなんだけど….」

彼は非常に申し訳なさそうな顔で、続ける。

「今度、うちで寿司握ってよ。」 

「え?」 
あまりの急展開ぶりに困惑。

「え….何だって?」
思わず、耳の遠い爺ちゃんみたいな反応をしてしまった。

「だからぁ、寿司握ってよ。日本人の作る本物のお寿司が食べたいんだ。」

「・・・・・・・ほぉ。ほお?

言うまでもなく、私は寿司職人ではない。
どうやらフィンランド人は、全日本国民が寿司を握れると勘違いしているらしい。

ここは一つ、江戸っ子らしく、ビシッと断ってやろう。

「てやんでい!べらんめえ!」(訳:何を言ってやがる、この馬鹿野郎)

と思っていたのだが、
目をピカピカに輝かせて、
「Japanese Sushi」を催促されたんじゃあ、言うに言えない。

生涯で寿司は「いなり」「手巻き」しか作らないと決めていたんだけど、ここは彼らのために一肌脱ぐこととしよう。

「任せとけ、本物の日本寿司、食べさせちゃるわ」

ちゃっかり約束を取り付けてしまった僕だったが、正直、寿司を舐めていた。寿司なんて、俵型のおにぎり作って、刺身ペラっと置けばできるだろ、そう楽観視していた。

でも、今になって思う。
僕は馬鹿だった。まさか、後になって、あんな地獄を見ることになるだなんて。

素人寿司経験者として、僭越ながら皆様に一言アドバイスさせていただく。

「寿司は舐めない方がいい。
……………………..あと、回転寿司の醤油も舐めない方がいい。大変なことになる。」

まぁ、同僚1人に、振る舞うくらいなら、失敗しても痛くはないか。
そんな油断が心のどこかにあったのかもしれない。

ところが翌日、雲行きが怪しくなる。

職員室に足を踏み入れるや否や、同僚の先生方7~8人に包囲されてしまった。

同僚A「寿司楽しみにしているよ」
同僚B「寿司パーティー楽しみだ」
同僚C「よ、寿司シェフ」
同僚D「本場のsushiが食べれるなんて感激です!」

?アナタガタ、キノウ、イタッケ?

確認したところ、本来1人だったはずの客は、10人に爆増。
責任10倍、もうやばい、断りゃよかった、寿司パーティー。

しばらく、ウジウジと悩んでいたのだが、最終的に、腹を括った。

「彼らをガッカリさせたなくない!!」
日本男児の心に火が灯る。

それからというもの、僕は狂ったようにYouTubeを見漁り始めた。
「酢飯作り方」「刺身切り方」「寿司握り方」

そして、脳内で入念にシミュレーションを繰り返す。

就寝前に、一連の流れをイメージトレーニングする
「米(まい)ルーティーン」が誕生した。

迎えた当日。
心持ちだけは、一丁前の寿司職人である。

まずは肝心の米炊きから。
最初にして最大の山場。
ここでの出来が寿司の味を左右すると言っても過言ではない。

….も、早速つまずく。

米のパッケージがフィンランド語で書かれているため、水分量、炊き方、全て解読不可。(*炊飯器のないフィンランドにおいて、米炊きは鍋で行うのが基本)

そんな時は、文明の利器、Google翻訳の出番だ。

「?????」

調理時間10分をうたっておきながら
必要工程→炊飯時間10分+放置時間10分=20分?

どこかで時空の歪みが生じている。
これはトンチか?このパッケージ、消費者を試しているのか?

どんなに考えても、一休さん的閃きは湧いてこない。

やむを得ん。

「ごめん、米炊いてもらってもいい?」

キッチンで一番キビキビ動いていたクリスティーナに、米を託す。
「任せて、私、米たきは得意よ。」

よかったこれで一安心。

さすが、米炊きのクリスティーナ。
こなれた手つきでジャラジャラと米を研ぎ、目分量で水を注ぐ。米炊きのプロに計量カップなど必要ない!

僕もこうしちゃいられない。
次の作業、「魚の柵切り」に取り掛かる。
ついにイメトレの成果を披露する時が来たようだ。

包丁を握り、魚に一太刀…

……言うは易し、行うは難し、それが寿司。

カンナで引いたのか?と思うくらいテロンテロンの薄造りができたかと思えば、今度は噛みごたえのありそうなぶつ切り刺身が爆誕。

何より辛いのは、後ろに熱心な見学者たちがいることである。
僕の包丁の動きを見逃すまいと、参加者たちは瞬きひとつせず、僕のカッティング工程を凝視している。

薄い、厚い、薄い、厚い
絶望的に下手くそなチューニングを繰り返す。

プレッシャーのせいか、技術のせいか、夏のせいか、恋のせいか、
なかなか、スライスがうまく決まらない。
だんだん、先生方の表情が曇る。(おいおい大丈夫かよこいつ….)

「大丈夫、最初の数枚はスライスしづらいんだ」
先生方に….というより自分に必死になって言い聞かせた。

しばらくすると、要領を得てきた。
寿司ネタっぽい、スライスが増加。
なんとか日本人としての面子は保ったようだ。

それではいよいよ最終段階「握り」へ移行、
するつもりが、ここでもトラブル発生。

米当番のクリスティーナが何やら慌てふためいている。
話を聞くと、どうやら米が大変なことになっているらしい。

慌てて、鍋を確認すると、
ぐつぐつ煮立つ米は、お粥のように「べっちょり」しながらも「中は生煮え」という地獄の様相だった。

「もっちり柔らか」の対極的存在
「べちゃぐちょ硬米」完成。

目の前には、顔面蒼白のクリスティーナ。その白さ、米級。

悲惨すぎて、かける言葉が見つからない。
マジで、どん米(まい)

彼女はすがるような目でこちらを見つめ、尋ねてくる。
「ねぇ、大変なことになっちゃった。どうしたらいい?」

(心の声)「し、しらねぇ、、、、、」

酢飯の作り方は予習済みだったが、
べちゃぐちょ硬米の救出方法は知らん。

というか、もう救出不可能なように思えた。

寿司業界には「シャリ炊き3年」という格言がある。
この教えを破るとどうなるか。
そう、「シャリ炊き残念」が待っている。僕らのように。

「シャリ炊き3年 or シャリ炊き残念」

どちらを選んでも、道は険しい。

耳をすませば、鍋中の米たちから声が聞こえてくる、
「もう、いっそのことお粥にしてくれ」「中途半端は嫌だ」と。

仕方がないので、握り用として新たに米を炊き、
例の「硬米」は巻寿司で使うことにした。

臭い物に蓋。
硬い米は巻け。
海苔に隠せば、何もなかったも同然さ。

30分後…

米が再び炊き上がる頃にはもう疲労困憊。
生まれ変わった米。死んだ魚の目をした僕。

「もういっそ握らず、米と刺身で食べればいいじゃん」

そんな考えが脳裏をよぎりかけたとき、米炊きのクリスティーナが興奮気味に話しかけてくる。

「ねぇ、早く握ろうよ!!」

畜生、やる気満々の戦犯めぇ。てやんでい、べらんめえ!

重い腰をあげ、ついに開講。
日本出身の素人が教える寿司作り方講座」(こんな講座は嫌だ)

同僚たちは、一人ずつ、握りの教えを乞おうと列をなす。

つい数日前まで、同じ寿司レベルだった自分が、
講師役を務めるとは、秀吉並みのスピード出世である。

「がっしり握っちゃダメだよ」「米の中には空気をやさしく包む感じ」「そうするとネタと米とのハーモニーが生まれるでしょ?」

老舗の若旦那がYouTube上で言っていた言葉を、我がもの顔で語る。

同僚たちは、「なるほど、そうだったのか」と、目を見開き、尊敬の眼差しで僕を見つめる。

嗚呼、心苦しい。
これが本当のフィッシング詐欺か。(違う)

幾多の苦難を乗り越え、ようやくできた握り寿司。

思わず涙もちょちょぎれる。

食事中、参加者の一人が、言ってくれた。

「今日のお寿司は、やっぱりいつものより美味しいわ。空気のおかげね。」

多分、気のせい、プラシーボ効果

でもよくやったよ、そんな自分に、ブラボー

「プラシーボ」「ブラボー」の狭間で心が揺れる。
そんな1日。


〜後日談〜

噂が広まったのか知らないが、その後、立て続けに2件、同僚と友人から寿司パーティーに招待された。

もちろん、寿司シェフ(笑)として。

ネタだった「寿司握り」がネタでなくなる日は近いのか。
引き続き、精進しようと思う。そしていつの日か、飲み会の一発芸で披露したい。

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