ドMな僕と、それからアバント。

エッセイ

「ねぇ、明日、アバント行かない?」

ある日、同僚から誘われた。

フィンランド冬の伝統「アバント」
「凍りついた湖に穴をあけて泳ぐ」「過激版水風呂」のことである。

某TV番組「世界の果てまでイッテ○」では芸人さんの罰ゲームとしてすっかり定着している。そう、控えめに言って、罰ゲームなのだ、これは。

それをフィンランド人は「伝統」という大義のもとに行う。

薄々勘づいていたけれど、やっぱりフィンランド人ってMチックなところがあるよなぁ。

極寒の湖で水泳を始めたかと思えば、100℃を超えるサウナにどれだけ長く居られるか時間を競う「サウナ我慢大会」なるイベントがある。

暖かいと寒いの極限に挑む。
死に触れることで生を実感する。
そんなマゾヒスト集団なのかもしれない。

まったくもって暖寒ダンカンバカヤロー」である。

誤解のないように拒っておくが、全フィンランド人がavantを愛しているわけではなく、「一度もやったことがない」「あれはクレイジーだから二度とやらない」という人も多い。

個人的集計によると、avantが好きなのは全人口の20~30%といったところだろうか。

職場にはアバント好きが集う「アバント同盟」なるものがあり、今回僕にもお声がかかった次第である。
まぁ、フィンランドに来た以上、避けて通れぬとは思っていたさ。
I can’t avoid avant.
僕は、渋々、同盟加入を決意する。

「参加してくれるのね!」
同僚の顔にパァッと華が咲く。

彼女は去り際、吐き捨てるように言った。
「じゃあ、明日の朝7時、湖で!!」

「え…」
聞き間違いかと思った。朝7時だって?

仕事終わりにほのぼのやるものかと思いきや、どうやら仕事前に行くらしい。

フィンランドのAM7:00を侮ることなかれ。
外気温は間違いなく氷点下。息を吸えば、一瞬にして鼻毛が凍るほどの寒さである。

まだ見ぬ試練に、早くも体が武者震いする。

昼食時、
「明日、アバントデビューすることになったよ」
生徒に誇らしげに語る。

「すごい、頑張って」
僕はただ、そんな声が欲しかった。

ところがどっこい、生徒は浮かれ顔の僕に、苦い顔で釘を刺す。
「一つ忠告。水に頭はいれない方がいいよ。俺、それで失神したから。

「失神……」

「しっしん…..」

「死っ死ん…死んじまうのか、おらぁ。」

彼の言葉は僕を「恐怖のどん底」へと突き落とす。
今すぐお国へ帰りたい、そんな気持ちになった。


新しい朝が来た。
絶望の朝だ。

なんとも重たい足取りで湖まで向かう。
移動中、「生存本能」「使命感」が覇権を争い続けていた。

「やっぱり行くのやめようよ」v.s.「いいや、やらねばならぬ」

葛藤。

結局20分もせずに、到着してしまった、処刑場に。

アバント同盟の仲間3名は既にユニフォーム(水着)に着替えて気合い満々である。

僕も早く着替えなくては。
プレハブ小屋でライフジャケットたちを脱ぐ。
極寒の地、フィンランドで海パン小僧一丁あがり。

空はどんより曇り空。
僕の心は大嵐。

氷穴まで続く処刑台のような桟橋さんばし
キシキシと音を立てながら、歩を進める僕ら。

歩みが止まる。

覚悟は…決まった!
アバント上等! どんとこいや!

「最初に行ってみる?」同僚が僕に声をかける。

「ひぇっ!!滅相もありません。お先にどうぞ。」先を譲る。

……どうやら、覚悟はまだ決まっていなかったようだ…
延命を選択する。

「実は、最初が一番いいんだよ」
不敵な笑みを浮かべながら、ファーストペンギン入水。
すぐにハシゴを手離し、スイスイと優雅に弧を描きながら戻ってくる。見事!

何事もなかったかのような顔で、次の同僚へバトンタッチ。
さすが、熟練のアバント戦士=「アバンター」である。これくらいでは動じないってか?

2番手が着水し始めたあたりで、桟橋さんばしの上の僕は身体に異変を感じ始める。

「…寒い。」

まだアバントしていないのに、身体がSOSを出している。

それもそのはず、
吹き荒ぶ寒風。
ガード力0の海パン。
上裸男にはタフすぎる気候。

アバントをやる前から、削られていく体力、体温、モチベーション。同僚が発していた「最初が一番いい」の意味をようやく理解する。

そう、勝負はとっくに始まっていたのだ。

緊急事態宣言発令中の僕に、更なる追い討ちをかけたのは、サードペンギンの存在。彼女のアバント、、、とにかく長い。

優雅な彼女の遊泳は、
ぐるっと1周、
それから2周、
突入しました3周目…

いつまで経っても終わらぬ、長丁場。
本人は楽しんでいるようだからいいけれど、
外気温マイナス、ほぼ裸で待たされているこちらの気持ちにもなってくれ。

このままだと陸で勝負がついちまう。
橋の上のオラフになっちまう。

おらに勝負をさせてくれ。
ファインディング・ニモさせてくれ。

彼女が陸にあがる頃、僕の身体は青紫。
まるでアバター、もう、オワター\(^o^)/

ようやく巡ってきた出番。

足元に広がるは、ブラックホール。
こわばる身体。

緊張をほぐすには、ユーモアだ。

「I’ll be back」
心配そうに成り行きを見守る先生方に、おとぼけ顔で応える。

着水

「キンキンに冷えてやがる!!」

あまりの尖り切った冷たさに目がかっ開く。
眠気もふざけも、遥か彼方へフライアウェイ。

僕はまさしく命懸け。
眼下に広がる花畑。
下手すりゃなるかも生き仏
出さねばならぬ死亡届け。Hey Yo!!(真面目にアバントしろ)

首まで入水したとき、気づく。

「あれ、息が…できない。」

唐突におとずれる呼吸困難。

念のために言っておくが、これは恋したときの「甘酸っぱい息苦しさ」ではなく、みぞおちに腹パンチを食らったときのような「物理的息苦しさ」である。

言うなれば、格闘マンガ的呼吸困難

これはいかん。

「全集中 アバントの呼吸 いちの型:深呼吸!!!」
吸って〜吐いて〜吸って〜吐いて〜

深呼吸をしていると、同僚から「ハシゴを放して、とっとと泳げ」のスパルタ指示。

「いや、無理無理。」
息をするのに精一杯なのに、泳ぐだなんてとんでもない。

ちなみに、ここでカミングアウトすると
僕、絶望的に泳ぐのが下手だ。

小学生の頃、25mをクロールで泳ぐテストがあった。
泳げない僕の戦略はただ一つ。

「ケノビで耐える」

最初の1キックでどこまで行けるかが勝負だった。
名付けて「オビワン・ケノービ」作戦

ケノビ終了後は、見せかけのクロールで対岸を目指す。息継ぎで、口に入るのは空気でなく大量の塩素水…
もはや泳いでいるのだか、溺れているのだかわからないドタバタフォームで命からがら泳ぎきったのはいい思い出である…

この残念エピソードからもわかる「絶望的な金槌ぶり」
ここで手を離したら、3日後に水死体どざえもんになって見つかる未来が見える。

「この手だけは死んでも離さない!!!」
ロマンス映画のクライマックスでありそうな台詞を大声で叫ぶ僕。

握っているのが、女の子の手ではなく、ハシゴなところに絶妙なダサさがニジむ。

ハシゴにしがみついている最中も、氷水は容赦なく僕の体温を奪っていく。
動くも地獄。動かぬも地獄。

30秒ほどハシゴとの融合を楽しんだのち、
かじかんだ手足で陸へ上がらんとす。

「これであなたもフィンランド人の仲間入りね」
同僚が手を差し伸べてくれる。

“僕は、フィンランド人の仲間入りしたいのだろうか?”
一瞬、手を握るのをためらったのはここだけの秘密である笑

上陸後、寒さで凍える身体。
急ピッチで温めようと自家発電を始める。

体から立ち上る蒸気。立ち込める白煙。
このポカポカとした感覚がやけに、クセになる。

まるで、ヒートテックのような温もり。上裸だけど。
命名:「上裸テック」

ほぼ裸で熱を産み出せるなんて、実に画期的!エコフレンドリー!

未だかつて、これほどまで環境にやさしい発熱方法が、存在しただろうか?
そして、これほどまで人に厳しい発熱方法が、存在しただろうか?

「環境にやさしい」ということは「人に厳しい」ことを意味するのかもしれない(哲学)


出勤後

その日の僕は一味違った。
精悍せいかんな顔つきで職員室へ入場。

「俺は朝っぱらから、アバントやってきたんだぜ!」
過酷な洗礼を浴びた僕に怖いものなんてない。

体温、自己肯定感、ポジティブさ、自信、全て急上昇。
体を包む全能感。

まるで、神にでもなった気分だ…
……ハシゴにしがみついていただけなのにね笑

でも、僕は心の中で決めていた。

「もう二度とアバントなんてするもんか!」
それは揺るがない決意だった。


翌週

桟橋さんばしのブラックホールをのぞいてみると、ハシゴを握る僕がいた。

その日も、変わらず呼吸困難。
とってもとっても息苦しい。

胸がキューっと締め付けられて、甘酸っぱさが心に広がる…

甘酸っぱさだって?

あれ、この息苦しさ…もしかして、!?

そうか…
僕は、「アバント」のことが好きなのか。

フィンランド、冬の終わり
湖のほとりで
恋が、始まる。

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