アンパンマンとヘルメット

エッセイ

誰も興味のないことを熱っぽく語り、聴衆置いてけぼり、気づけば単独ソロライブになっていた…そんな経験はないだろうか?

うちのホストファザーがよくこれをやる。
彼は一家団欒いっかだんらん、食事の席で趣味の「バイク」について語り、空気を凍りつかせる天才である。

母や娘にとって、「オイル漏れが直った」だの、「塗装にこだわった」だの、死ぬほどどうでもいいのだ。「今日快便で3回も、う○こしちゃった」と同等レベルの情報である。

だから、ファザーの熱弁ぶりと女性陣のそっけない態度を見て、僕はいつも思うのだった。

「男ってほんと、バカだよねぇ。」


そんなある日のこと…
ファザーから「バイクの後ろ乗ってみない?」とお誘いがあった。
家庭内における数少ない同性。僕のことをバイク仲間に引き入れようとしているのかもしれない。

バイクのことはよく知らないが、心躍る。そこまでファザーを熱狂させるバイクとやら、体験させてもらおうじゃあないか。
返答はTottaトッタ kaiカイ!」(フィンランド語で「もちろん」の意味)

実を言うと、僕はすでにバイクデビューを果たしている。
大学時代に1度だけ、先輩とニケツを体験。

数分で終わったので、ほぼ記憶にないのだが、乗車後、
「おれ、1回事故りそうになったのわかった?もう少しでトラックに轢かれるところだったんだよ」
とヘラヘラ顔で言われ、ぶん殴ってやりたくなったことだけは覚えている。


バイク旅当日。
ファザーがこれ使いな、とヘルメットを手渡してくれる。

「……ちっちゃっ!! え?」

小さいのだ、あまりに。女優じゃないと入らない小顔対象ヘルメット。
僕の顔サイズから判断するに、まず、骨格を削ることから始めた方が良さそうだ。

話によると、それはホストマザーのもので、他にヘルメットはないという。

じゃあ、かぶるしかないじゃん?
I have no choice but to put on the helmetじゃん?

覚悟を決めた僕は、
1000ヘクトパスカルの剛力で、ヘルメットを頭にねじ込む。
痛い。

頭蓋骨が粉砕されそうだ。
目にじんわりと浮かぶ涙。

頭とヘルメット
両者に歩み寄りの姿勢は一切ない。

入るのが先か。
カチ割れるのが先か。

今、戦いのゴングがなる。

押す、痛い、入らない。
押す、痛い、入らない。

ヘルメットをかぶるのに四苦八苦する姿は相当に間抜けである。

奮闘ぶりを見て、6歳のシスターがトコトコ駆け寄り「何しているの?」と尋ねてくる。

「今ね、お兄さん格闘しているんだよ、、、、ヘルメットとね。」
誤魔化してみようと思ったけれど、倒置法ごときじゃ、にじみでるダサさを隠しきれなかったようだ。

シスターは不思議そうな表情をしながらも、ニコリと微笑み「頑張ってね」と一言。

「エンジェル…」

なんてできた6歳児。あまりの天使ぶりに、ヘルメットを押し込む手にも力が入る。

数分の死闘を経て、ついに入った!!天使パワー万歳!!

が、予想通り、想像を絶するキツさである。
左右のほっぺたが圧迫され、むにゅっと隆起りゅうきし、お山が2つできている。
その様子、さながら「アンパンマン」

今すぐこの拷問ヘルメットと「バイバイキーン」したい気分だったが、一体化してしまった今、どう頑張っても引っこ抜けそうにない。

もう2度と脱げないかもしれない。というか、痛いから、できるなら脱ぎたくない。
次脱ぐときは、アンパンマンを引退するときだ。

決めた、僕はこいつと生涯を共にする!!
アンパンマンで生きていく!

決意しかけた時だった。

ファザー
「ごめん言い忘れていた。耳栓つけて欲しいから、ヘルメット1回脱いで

自分
「ホェ!??」

アンパンマン無念の早期退職…

いや、耳栓いる?
ヘルメットの着脱、命懸けの作業なんだけど、耳栓ってそれほどに重要?

それに、耳はヘルメットでぺちゃんこにプレスされており「オート耳ふさぎ機能」が標準装備されている。耳栓の存在意義とは?

いま1度ファザーに問う。
どうか明確な理由を添えて、答弁いただきたい。
「耳栓の意味あります?」

「いいからつけなさい」
命懸けの抗議虚しく、一蹴いっしゅう

やれやれ。

断腸の思いならぬ、断首の思い(物理)でヘルメットを引き剥がし、耳栓装着。
本日2度目の激痛を感じながら、ヘルメットをねじ込む。

復活。
「アンパンマン、新しい顔よ」の気分である。

アニメだと「顔とっかえシーン」が実にファニーなタッチで描かれているが、現実は残酷だ。首がもげる苦悩なしに、新しい顔は得られないのだから。
アンパンマン視聴者の皆様、どうかこのことをお忘れになりませぬよう。


外に出ると、バイクが万全の状態で僕らの出発を待っていた。
いかつくて、カッチブーだぜ。

バイクにまたがる。まずファザーが、それから僕が。
ちなみに、このバイク、車高が異常に高い。

よって、乗車時は相撲取りの四股しこくらい足をあげないといけない。
こけそうになりながら、必死に四股を踏む。
痛む股関節。

乗り降りのたびにこれをやるだなんて、ライダーもよくやるよ、ほんと。

続いて、バイクの上でファザーから「乗車の心得」に関して説明が入る。

…も、現在、「耳栓」+「密着型ヘルメット」のコンボで雑音100%除去の「ノイズキャンセリング」発動中。

一生懸命話している彼を見ても、
「はは、ファザーが口パクパクさせて必死に何か言ってらぁ」
愉快な“逆腹話術”くらいにしか思えなかった。

身振りから判断したところ、伝えようとしていることは

①重心移動は共にしろ
②おれにつかまれ

この2つのようだ。

まあ、その程度の要求なら問題ない。

1つ目の指令「重心移動」に関してだが、バイクの2人乗りは、バランスを保つため、常に同じ方向へ身体を倒す必要がある。

でも、これには密かに自信があった。

何を隠そう、自分、マリオカートでカーブのたびに体ごと傾けてしまうタイプの人間である。進行方向に対しての重心移動はプロ級。

マリカが上手な友だちからは「なんで体まで傾けてんの笑笑笑 ハンドルだけでいいんだよ、カバめ!」と嘲笑されてきたが、まさかこんなところで役に立つとは。

それから、2つ目の「俺につかまれ」の指示
ええ、言われなくてもつかまります。死にたくないからね。
ホストファザーの腰に腕をまわす。

あまりに怖いものだから、出発前にも関わらず、貞子ばりの万力まんりきでファザーの腹筋をにぎる。
僕の手跡があざとして刻み込まれてもおかしくないレベルの強さである。

側から見たら、ライダーにしがみつく“アンパンマン顔の怨霊”に見えたに違いない笑

それにしても….「重心移動は一緒」だの、「俺につかまれ」だの、これじゃあ私たちまるで一心同体。

「二人はプリキュア」じゃん!!!

ファザーは白ヘルメットだからキュアホワイト、僕は黒だからキュアブラックだな、そんなくだらないことを考え、1人ニヤついていた。


いよいよ出発。
エンジンの轟音ごうおんと共に、足は地面を離れ、バイクは快調に公道を滑り出していく。

勇気の鈴がリンリンリン♪
不思議な冒険ランランラン♪
気分はとってもカビるんるん…

だったのだが、
出発して30秒。己の犯した重大な過ちに気づく。

「ヘルメットシールド、おろし忘れた…」

カポカポ開閉する、プラスチック製のアレである。あれを下ろすことなく、全開きの状態で出発してしまった。
ホストファザー憑依ひょうい(=貞子モード)で、両手が埋まっているため、いまさらシールドは下ろせない。つまり、無防備フェイスで戦い抜かないといけない。

ライダーなら共感してくれるだろうが、バイク乗車中はとんでもない突風が襲ってくる。その強さと言ったら最大出力のドライヤーを顔にむけて放出されているに等しい。くちびるがブルブルと波を打っている。

あぁ、自然の猛威の前にヒトはなんて無力なのだろう。

僕は恨んでいた。
暴力的な風を。
何も守ってくれないヘルメットを。
そして、己の愚かさを。

次第に顔全体から水分が奪われ、渇き始める。
中でも、口内の“カペつき”は耐え難い。

あのカペリ具合、身近なところで例えると、歯医者さんでバキューム(治療をしやすくするために唾液を吸う機械)をやられている感覚。

ちなみに個人的見解だが、助手の中にも「ヨダレ吸い上級者」と「初心者」がいると思う。見習いの歯科医が使うバキュームは脅威だ。

吸い取る唾液はこれ以上ないというのに、それでもなお、ズルズルと見えない何かを吸収し続ける。

彼女らは一体何を吸い取っているのだろうか?
それは時として、歯茎であり、メンタルであり、僕らの命なのかもしれない。

僕は、今まさに、バイクの車上で「歯医者の治療イスに座っている錯覚」を覚えていた。あぁ、唾液が奪われ、歯茎が削られていく。

「なら、口閉じれよ」と、至極真っ当なアドバイスをくれた方へ、
僕はどんな時も、オープンな人間でありたい!

だから、たとえ風が襲って来ようとも、虫が襲って来ようとも、僕は閉じない、目も口も。(閉じろ)

僕はカピカピの歯茎とイキかけの白目で必死に風に抵抗する。


シールドおろし忘れによって、大いに苦しめられたわけだが、正直なことを言うと、もう1つ深刻な悩みを抱えていた。それは、ホストファザーに密着しすぎて、視界の9割をファザーのヘルメットが占めているという問題である。

バイクの醍醐味「美しい景色」は彼のヘルメットによって阻まれ、眼下の世界は白一色。「あまり動くな」と釘を刺されているため、この絶望的に狭い世界が僕の全て。

顔を動かさず、目だけキョロキョロさせて風景を楽しもうとするも、景色は横目に現れ、1秒もしないうちに遥か後方へと消え去っていく。
ニケツの後ろで景色を楽しむには、ボクサー並みの動体視力が求められるようだ。

しばらく頑張ってみたけれど、眼球運動するのも疲れてきた。もう景色はいいや。
乗車15分、諦めの境地に達する。

大人しくファザーのヘルメットを楽しむことにしよう。
ヘルメット鑑賞、はじまる。

光が差し込んだ時、ファザーの真っ白なヘルメットに反射して自分の顔が映る。

「ドライ歯茎×白目×アンパンマン」

じわる。我ながら、じわる。
なんだかよこしまだ。それにそこはかとなく卑猥さも漂う。

アンパンマン改め、暗犯アンパンマンを名乗った方がいいかも知れない。

この暗犯アンパンマンに「僕の顔をお食べ」と言われても、「結構です」と秒で断る自信がある。食べぬが吉。食べれば死地。

日が陰り、暗犯アンパンマンは闇の彼方へ。
それと同時に僕らのショートツーリング終了。

暗犯アンパンマンとヘルメット」
これが今回の旅の全記憶であった。

帰国したら、バイクを買おう。
視界が開けてほしいから。

心の中で固く誓う。

日本国内で暗犯アンパンマンを見かけた方、
それ、きっと僕です。通報だけはしないでね。

さぁてと、ヘルメット、どうやって脱ごうかな。

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