天下分け目の『アドベントカレンダー』商戦

エッセイ

ヨーロッパには「アドベントカレンダー」なる風習がある。一体何者か?
それはクリスマスまでの「日付カウントダウン機能」「プレゼント機能」を兼ね備えた、「世界一ワクワクするカレンダー」のことである。

12月1日から24日までの日めくりで、毎日一つずつ日付が書かれた小窓を開ける。

窓の中には、王道どころだと、「紅茶パック」や「チョコレート」
変化球だと、「レゴブロック」や「コスメ用品」が入っており、
クリスマス当日までに合計24個のグッズがゲットできる仕組みである。

ヨーロッパ、特にフィンランドでクリスマスを過ごすなら、このカレンダーはマストアイテム。

「No Advent Calendar, No Christmas」である。

「何を大げさな、たかがカレンダーでしょ?」
今、あなたはこう思ったに違いない。

これが決して誇張ではないことを
フィンランドの「気候」と彼らの「クリスマス愛」に絡めて説明させていただく。

前提として、フィンランドの冬は尋常じゃなく暗い。
10月ごろから日照時間がぐんぐん短くなり、11月には「今日太陽いた?」と存在を疑うレベルで1日中真っ暗に。

天気が悪いと、心まで暗くなるのが人の性。
暦が進むにつれ、人々の顔から生気が失われ、街中が「ゾンビ」(フィンランド人ver)で埋め尽くされる。

その様子はさながら実写版バイオハザードである。(ちなみに僕も無事ゾンビ化)

そう、10月から11月の初冬はフィンランド人が病み始める「暗黒期」なのである。

ところが12月に入ると、一転。
人々は息を吹き返したように明るくなる。
天候は相変わらず、暗い。
にも関わらず、フィンランドに立ち込めるよどんだ空気が吹き飛ぶ。

なぜか。理由は明確「クリスマス」

漆黒の日々に、もたらされる一縷の光。クリスマス。
彼らは知っている。闇の先にはサンタがいると。

フィンランド人は12月に入ると「アドベントカレンダー」を手にする。
彼らは毎日アドベントカレンダーを通じてクリスマスまでの距離感を把握する。

「あと24日でクリスマス、、、あと23日、、、、22日、、21日、、」

希望へのカウントダウン。
闇に飲まれないように、自我を保つために、必死にカウントダウンする。

彼らにとってクリスマスとはいわば「救済日」
救われるその日のためならば、
たとえ火の中、闇の中、歯を食いしばって耐えられるのである。

そのカウントダウンの必死ぶりは日本の名曲「もういくつねるとお正月♪」の比ではない。みんな目を血張らせながら、カウントダウンする。アドベントカレンダーをめくる、生きるために、めくる。

そう、アドベントカレンダーとはフィンランド人の「精神安定剤」なのである。

、、、と、ここまで散々偉そうに語っておきながら、
実はわたくし、フィンランドに来るまで「アドベントカレンダー文化」について知らなかった。

あれは11月初旬、中学生のトーマスくん(目がクリクリしていてかわいい)が、ゾンビ化した僕を見かねてこう言った。

「先生、アドベントカレンダー買いなよ。アドベントカレンダーを買うと、クリスマスが変わる。クリスマスが変わると、人生変わるよ」

およそ中学生には似つかわしくない発言。
彼の感情的かつ情熱的なプロモーショントークはそれからしばらく続いた。

彼の話に感化された私は、すっかりアドベントカレンダーに魅了され、
「何がなんでも手に入れたい」とテレビ通販を見たあとのおばちゃん状態に。

僕の購買欲に火をつけるとは、「トーマス、君、将来いい営業マンになるよ。」

それから、僕はあらゆる生徒にアドベントカレンダーについて尋ねて回った。
「あなたにとってアドベントカレンダーとは?」

アドベントカレンダー取材が進むにつれて、購買欲は順調に上昇を続け、「喉から手が出るほど欲しい」状態に。
決めた、今日仕事を終えたら、スーパーに直行して買いに行こう。

僕はホクホクした顔で、小学5年生セドリックに話しかける

「今日、仕事終わったらアドベントカレンダー買うんだ!」

「アドベントカレンダー」というワードを出した瞬間、曇る彼の表情。
彼は冷淡な口調でいう。

「あれはね、買うのもったいないよ。コスパが悪すぎる。」

小学生の口から飛び出したコスパ・・・という三文字にギョッと不意をつかれる。

彼は淡々と説明する。

アドベントカレンダーのコスパがいかに悪いか、
普通に買った方がいかに安いか、、、、

あまりのロジカルかつ、冷ややかな口調から、アドベントカレンダーに対する並々ならぬ憎しみが伝わってくる。
「アドベントカレンダーは親の仇でござります」きっとカレンダーに親を殺されたに違いない。

彼の一貫した論理を持つ話を聞いて「一理ある」と納得してしまう自分がいた。

中学生トーマスの感情を爆発させた「アドベントカレンダー愛プレゼン」
小学生セドリックの凍えるような「アドベントカレンダー憎プレゼン」

二つの温度感がぶつかり合って、購買欲はなんともぬる〜い感じに急低下。
僕は買うべきか否かで少し悩み始めてしまった。

退勤後、迷いながらも予定通りスーパーへ。
目の前には待ち望んだ「アドベントカレンダー」

「欲しい!!!」と思って手を伸ばすものの、

ちらりと値札が目に入る
「25ユーロ」

頭の中で高速そろばんが弾かれる
25ユーロ=約3500円
1日あたり150円。

ここで数時間前に聞いた
「コスパが悪すぎる」と言うセドリックの声が再生される。

たしかに、、、、コスパ、、、、悪いなぁ、、、。

伸ばした手をそろりと引っ込める。
僕は知らないうちに「コスパ教」の信者になってしまったようだ。

この行き場の失った手を、
やり場のない悲しみを、
僕はどこへ発散すればいいのだろう。

しばらく、手を伸ばしては引っ込める、、、を繰り返していたものだから、店員さんにとっては不審者だったに違いない。

コスパのことなんて知らない方がよかった。
口にしない方がいい、真実もあるよな。

一度気にしたが最後、コスパ地獄から抜け出せなくなった僕。
どう頑張っても、今すぐ買う気にはなれない。

僕が悩みに悩んで行き着いた結論

「11月末まで粘って買わずに、割引の可能性に託す」というもの。

割引される確証はなかった。ただ、企業だって11月までに売り切らないといけないだろう。根拠のない割引を信じて待つことにした。

そして迎えた11月最終日。
明日から12月、アドベントカレンダーの開封が始まる。今日手に入れないと、アドベントカレンダーの一行は棚から姿を消すに違いない。

「今回は縁がなかったということで、、、」そんな事態だけは絶対に避けたい

僕は、高まる胸の鼓動を抑えながら、スーパーへ足を運ぶ。
僕の狙いは「チョコレート」のアドベントカレンダー
あってくれ、そしてあわよくば大幅に値下げされていてくれ。

コーナーに到着。
値札を見る。

「衝撃プライス!!!」
おぉ、これは大割引の予感、、、♪
一体、何パーセント割引してくれているんだい?

「全アドベントカレンダー10%オフ!!

、、、、し、渋い!!!なんだこの激渋な割引率は。

たかが10%オフで衝撃プライスを名乗るんじゃない。
僕はとんでもない割引額に思わず顔をしかめる。

フィンランドの消費税は24%
割引率10%
これじゃ、プラマイゼロ、むしろマイ

売り切りたいけど、割引したくない、企業の葛藤がよく伝わってくる。この、最後の最後まで戦い抜こうとする土俵際での粘り、横綱も顔負けだ。

やむをえん。
僕はアドベントカレンダーの前で手刀を切りレジへ。
「10%オフごっつぁんです」心の中で店員につぶやく。

この天下分け目の「関ヶ原」ならぬ「コスパ々原の戦い」
僕の辛勝ということでよろしいでしょうか。

翌日、朝6:00に目が覚める。
普段は遅起きの僕も、この日ばかりはそわそわして早起きしてしまった。

だって、アドベントカレンダーが僕を呼んでいるから。
モゾモゾと布団を抜け出し、頭上のアドベントカレンダーに2礼2拍手1礼
厳かな気持ちで、カレンダー開封の儀を取り行う。

この何が出るかわからないワクワク感。
カレンダーを切り目にそってペリペリ開ける快感。
う〜ん、たまらん。

姿を現したチョコレートバーに早速かぶりつく。
あかん、うますぎて涙が出てきてまう。
寝起きの頭に糖分が染み渡る。

その日から僕の生活はアドベントカレンダーと共に周りだした。
アドベントカレンダーを購入してから僕のQOL(quality of life)は爆上がりした。

早く翌日のカレンダーを開けたくて、
夜眠るのも、朝起きるのも嬉しくて仕方がない。

感謝を込めて歌にします。聞いてください。

レミオロメン「12月1日」
「瞳を閉じればあなたが、
枕の上にいることで、
どれほど強くなれたでしょう
あなたにとって私もそうでありたい〜♪」

この充実感、ワクワク感、コスパなんて尺度で測れるものではない。

「そもそもコスパって何なんw?」

安いだけが、コスパではない。
僕は25ユーロ(10%オフ)で「朝起きる意味」を買った。
僕は25ユーロ(10%オフ)で「希望」を買ったんだ。

「コスパは僕らのボスなのか?」
答えは否。

セドリックに教えてやりたい、
「世の中コスパが全てじゃないぞ」と。

息を引き取る、その時に「あぁ、わしの人生はコスパがよかったなぁ」そんなこと言うおじいさんは嫌だ。「コスパの良い人生」そんなの送って何になる。

コスパの鎖を引きちぎれ!!(出ました迷言)
アドベントカレンダー万歳。アドベントカレンダー万歳!!!

話は続く。
あれは、忘れもしない。
12月5日。

僕はスーパーへ行った。
久しぶりのスーパーだった。
来るのはカレンダーを購入した11月末以来。

ある棚の前で、僕はフリーズする。
顔面蒼白、全身から血の気が引き、クラリと目眩。

僕は今、衝撃の事実を喉元に突きつけられていた。
年明け目前にして、今年一番の衝撃だったかもしれない。

看板にはこう書かれていた。

「在庫処分につき、アドベントカレンダー全品50%オフ!!衝撃プライス!!」

「、、、、、負けた、、、」
大量のアドベントカレンダーを前に一人つぶやく。

ワナワナと湧き立つ敗北感。
「く、く、く、悔しいですっ!!!!

えぇ、悔しいけど、認めましょう
コスパ々原の戦い、僕の大敗北です。

今の気持ちを詠んで、締めとさせていただきます。

スーパーの急な
裏切り
おバカやわ(小早川)

悔やんでも
悔やみきれない
イージーなミスなり(石田三成)

安売りするなら、
早く言えやす。(家康)

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